実際は、ミラノに798年に大司教ダテウスによって婚外子を嬰児殺しから救うため設立された孤児院(brephotrophium)がある。...

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実際は、ミラノに798年に大司教ダテウスによって婚外子を嬰児殺しから救うため設立された孤児院(brephotrophium)がある。

乳児から7歳まで預かる施設であり、実際に用語的にも孤児院と言える。

なお、元ポストでお示しのものはイノチェンティ孤児院のことと思うのだが、これは実際中世最末期の存在だから、一応中世に入るのでは?まあかなりギリギリだけど……。

また、用語的には施療院とは称せられるものの、1360年ごろに造られたオピタル・ドゥ・サン=エスプリ=アングレーヴェ(fr.wikipedia.org/wiki/H%C3%B4pi…)は最初の機能こそ施療院(広範に弱い存在を受け入れた)であるが、中世後期には主に両親が亡くなった嫡出子を養育する施設として成立しているから、孤児院(名称は施療院とできても)はあるんですよね。

具体的には最初、孤児院、病院、養護施設を兼ねたこの施療院は、すなわちそのまま「貧しい人々、病弱な人々、寡婦、孤児、被保護者、その他の困窮者」を保護の対象としていました。

ここでは、幼い孤児を引き取った場合は、主に宗教に関する知識を学ばせ、そして病院の費用で、必要であれば職人として働くのに必要な技術を教える責任を負っていました。

1445年8月にシャルル7世から出された特許状によって、本施療院の設立とその目的が改めて示され、そして合法的な結婚から生まれた孤児のみを本施設に受け入れることが規定されました。

この15世紀後半からは、この施設はパリ出身の9歳未満の洗礼を受けた孤児の男女のみを受け入れるようになったのです。

ただ孤児といっても、保護された子供たちのほとんどは、オテル・デュー周辺で亡くなった正常な両親から生まれた子供(つまり嫡出子のみ)たちでした。

15世紀以降、病院の敷地内で世話を受け、食事を与えられ、住居を提供された子供は、およそ40人の男の子と60人の女の子に上ると推定されている(主にオテル・デュー周辺の嫡出子に限るので)。

近世に近いとはいえ、シャルル7世期を中世でないと規定する人は、一応のことほぼいないでしょう。

だから、中世にそのような施設は存在した、時期を限れば……ということはできます。

ただ、どちらにせよ、必要に迫られれば孤児を保護する施設や奉献されて受け入れる施設は中世にあったので……(たとえばサクシアのサント・スピリト聖霊院は孤児の保護を強くかかげていましたし、その考えはあったといえます。以下URLはルネサンスの歴史が主だが途中に中世の方針について書かれているkarger.com/neo/article/12…)。

つまり、比較的歴史に忠実にしたいのならばそのように創作では描けば良いし、ファンタジーの話なら個人の大司教などが己の理念に従い設立したなど、なにか理由をつけて登場させてしまえば良いと思います。
@zatazata
トッケイヤモリ@zatazata
中世警察です。
野暮のツッコミで申し訳ないですが、ヨーロッパ中世には「孤児院」は存在しません。
中世には教会が運営する「施療院 」と呼ばれた施設が孤児を養ったりしましたが、これは身寄りのない病人や貧者、巡礼者の宿泊施設でもあり、後に病院に分化、発展するものです。
専門の孤児院は15世紀ルネサンス期にフィレンツェで初めて作られました。
おそらく多くの人がイメージする「孤児院」は近世以降のものです。
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なお、日本にも中世ヨーロッパでいう施療院とか救貧院に近い施設はありました。

悲田院などがそれです。

あと、中世ヨーロッパに期待し過ぎとは言うけど、そんなこと言ったら日本にもたしか専門的な孤児院なんてないからね……ヨーロッパでいう中世期にはとくに。
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誤記訂正

× 病院の費用

○施療院の費用

× この15世紀後半からは

○この15世紀半ばを境に

失礼いたしました。
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なお、ほかに例を挙げるとすれば、ヴェネツィア四大慈恵院の一つピエタ院は中世から孤児専門の慈恵院です。

国家的事情と宗教的事情、環境社会の組み合わせがあれば、それはあったとやはりいえます。

ピエタ院について、わかりやすいサイト
italianreflections.wordpress.com/2022/06/21/the…
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おっと、ピエタ院についてコメントが来てた。

けど、職業院や音楽院としての機能もあるけど元の設立……14世紀の設立当初からやはり孤児や捨て子を収容することを目的としていまして、17世紀には経済的余裕のある者に対して音楽などの教育を提供するようになっていました。

で、修道院ではないですが、宗教的というか厳格な日課で運営はされていたでしょうけど、まあきついミッション系みたいな感じですよね。
@zatazata
トッケイヤモリ@zatazata
重要な指摘を頂きました。

こちらで挙げられた以外にも、私が知っていた範囲内では、アントニオ・ヴィヴァルディが教えていたヴェネツィアのピエタ慈善院も1348年設立で、完全に専門ではないものの、ほぼ「孤児院」としての設立目的と機能を有していたので「存在しなかった」は言い過ぎかも、、とは内心ちょっと思ってましたが、、
ここに挙げられた例を見るなら、私の言ってる事は間違いですね。
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