侍」(さむらい)とは、「さぶらう」の名詞形「さぶらひ」が転化したものです。...

Amictica sal vitae.(新アカウント)@boots_fleck1
6 views
Apr 22, 2025
~1 min read
1
侍」(さむらい)とは、「さぶらう」の名詞形「さぶらひ」が転化したものです。
平安時代以来の用語ですが、もともとは近侍などを意味する語でした。
後世になってその概念は次第に狭められ、近世には武士に限定して用いられることが一般的となりましたが、鎌倉時代においては
x.com/Clunio/status/…
平安時代以来の用語ですが、もともとは近侍などを意味する語でした。
後世になってその概念は次第に狭められ、近世には武士に限定して用いられることが一般的となりましたが、鎌倉時代においては
x.com/Clunio/status/…
2
侍とは武士のみを指す言葉ではなく、貴族その他の諸君を主君として、“仕える者”全般を指す用語でした。
そこで、樋口先生のいう侍品というのですが、まず元ツイート(村山先生の)でいう諸大夫は五位の位の者を言います。
侍は大夫以下、つまりは六位以下の有官位者を指しました。
x.com/saemonhiguchi/…
そこで、樋口先生のいう侍品というのですが、まず元ツイート(村山先生の)でいう諸大夫は五位の位の者を言います。
侍は大夫以下、つまりは六位以下の有官位者を指しました。
x.com/saemonhiguchi/…
3
そして侍品については、こうした大夫・侍という場合の侍と、侍品という場合の侍は、その意味合いが同じではなく、侍品は大夫を含む一定の身分層を指す言葉でした。
4
さて、幕府においては、侍は御家人と同義となり、非御家人でも侍とみなされたものもいました。
彼らに仕える従属的な人々が郎党ですが、郎党の中には(当然全員足り得ない)侍品として幕府が公式に侍と認めた他に侍品として地位を得た者たちがいました。
彼らに仕える従属的な人々が郎党ですが、郎党の中には(当然全員足り得ない)侍品として幕府が公式に侍と認めた他に侍品として地位を得た者たちがいました。
5
現実的に、たとえば大豪族層の郎党連中には、下級被官層として小御家人に匹敵しうる勢力を持つ者もおり、そうした者は任官叙位を望んだでしょう。
幕府は、郎党任官を禁止したりしましたが、止まることはなく、任官は禁止しても叙位に関しては触れませんでした。
幕府は、郎党任官を禁止したりしましたが、止まることはなく、任官は禁止しても叙位に関しては触れませんでした。
6
そういうわけで、侍品は彼らをも含む言い方になります。
簡単ですが、そういう形です。
簡単ですが、そういう形です。
7
8
おっと、文言が抜けてる。
侍品は諸大夫を含む
ですね。
大夫となっていた。
他にも「侍」が侍」と前のかっこを消してしまってたりしますが、深夜クオリティでお許しください。
x.com/boots_fleck1/s…
侍品は諸大夫を含む
ですね。
大夫となっていた。
他にも「侍」が侍」と前のかっこを消してしまってたりしますが、深夜クオリティでお許しください。
x.com/boots_fleck1/s…
9
補足として。
田中説では武士に限定してとなっていますが、平井・高木説では若党・殿原が侍に相当します。
それは、秀吉や江戸初期の区分では若党(侍)というのが普通でした。
ですからここは、近世においても士分と呼ばれるべき武士は、とうぜん侍とは呼ばれないことになります。
x.com/boots_fleck1/s…
田中説では武士に限定してとなっていますが、平井・高木説では若党・殿原が侍に相当します。
それは、秀吉や江戸初期の区分では若党(侍)というのが普通でした。
ですからここは、近世においても士分と呼ばれるべき武士は、とうぜん侍とは呼ばれないことになります。
x.com/boots_fleck1/s…