@prapanca_snares: 例えば、民俗学者のジョージ・ローレンス・ゴム(1853-19...
@prapanca_snares
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Feb 13, 2025
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例えば、民俗学者のジョージ・ローレンス・ゴム(1853-1916)は、17世紀半ばの記録にこんな話があると語っています。臨終に際した田舎の農夫に対して、牧師が死後の魂の行方を尋ねました。その老農夫は、魂とは体の中の大きな骨であり、自分は死後に「心地よい緑の草地」に赴くと答えたというんです。
で、牧師はショックを受けたというんですね。田舎の教区には、教会には来ていても「異教」を信じている人間がいるんだ、などと(George laurence Gomme, Folklore as an Historical Science, 1908)。
19世紀に誕生した人類学という学問は、人類の文化の起源や発展過程を調べようとして、世界に今なお残る「原始的」と“された”社会の研究を行っていきます。でも、そうした「原始的」と“された”地域にだけ見い出せるはずの習俗が、「文明」の頂点にいるなどと驕っていた自分たちの西欧社会にもまだ存在していることにやがて気づく。自分たちの足元にも、「原始的」と“された”ものが生き残っていることにようやく気づいて、インテリどもがショックを受けるわけです。
インテリの世界と「土着」の世界が完全に別な世界線みたいになっちゃってて接点がないというのは海の向こうでも日本でもあまり変わらないようで、現在に至るまで続いている問題のように思うんです。
で、牧師はショックを受けたというんですね。田舎の教区には、教会には来ていても「異教」を信じている人間がいるんだ、などと(George laurence Gomme, Folklore as an Historical Science, 1908)。
19世紀に誕生した人類学という学問は、人類の文化の起源や発展過程を調べようとして、世界に今なお残る「原始的」と“された”社会の研究を行っていきます。でも、そうした「原始的」と“された”地域にだけ見い出せるはずの習俗が、「文明」の頂点にいるなどと驕っていた自分たちの西欧社会にもまだ存在していることにやがて気づく。自分たちの足元にも、「原始的」と“された”ものが生き残っていることにようやく気づいて、インテリどもがショックを受けるわけです。
インテリの世界と「土着」の世界が完全に別な世界線みたいになっちゃってて接点がないというのは海の向こうでも日本でもあまり変わらないようで、現在に至るまで続いている問題のように思うんです。
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伸びてるようなので、宣伝を貼っておきます。「宗教」という概念は、人間が時代や地域を超えて普遍的に抱くものではなく、近代に新しく創作された概念です。この概念によって、明治以降の日本にもたらされた悲喜劇やコトバの混乱について記しました。興味がある方はどうぞ。
note.com/prapanca_snare…
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もう1個貼っておきます。仏教研究というと釈迦の時代に近い古い仏教が注目されがちですが、実は近代仏教も重要な問題が数多く埋まっている非常に面白い分野です。この記事では、その面白さの一端を語ったつもりです。
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さらにもうひとつ貼っておきます。戦前の日本には、「諸宗教」の上に「国家神道」とかいうものが君臨していたなどと言われることがあります。そのようなイメージは果たして妥当なものなのか、「国家神道」とかいう概念は一体何だったのかといった問題について述べました。
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