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桜井先生のポストを見て、忘れていたことを思い出せたのだけれど、 やっぱりスノーボール・サンプリングって結構な初見殺しなんじゃないだろうか。 わしも最初見た時「なんじゃこらあ」と思ったもの。 それをすっかり忘れた。知識の呪いというやつか。 <a target="_blank" href="https://twitter.com/wagashi_no_yosa/status/2070681637378261277" color="blue">x.com/wagashi_no_yos…</a>

自分が質的研究の教科書を書くなら(絶対あり得ない未来だけど)、スノーボール・サンプリングの事例として多分使うのは、NICE NG221 性感染症予防・低減ガイダンス。 正確には、NG221のEvidence review Bには、スノーボール法の近縁である modified respondent-driven sampling, RDSを使った研究あり

これは、MSM対象研究で、10人の “seeds” を最初に採用し、それぞれが最大3人の適格参加者を社会的・性的ネットワークから紹介し、その参加者もさらに次の参加者を紹介する、という設計の研究。通常のスノーボール法より構造化されていますが、明らかに連鎖紹介型サンプリングです。

初見で思うのは「こんな対象者の集め方して本当にいいの?」という疑問だろう。わしも思った。 なぜこの文脈ではスノーボールサンプリングが認められるのか。 その答え(理由)は単純で、性感染症予防やPrEPの文脈では、対象者がしばしば到達困難・可視化困難・スティグマ化された集団だから。

NICEガイダンスとは、イギリスの公的機関 NICE(National Institute for Health and Care Excellence)が作成・公表している、医療・公衆衛生・社会福祉などに関する「推奨・指針」のこと。

NG221ガイドラインは、16歳以上を対象とした性感染症(STI)予防介入について扱う。 HIVを含むすべての性感染症の伝播を減らすことを目的とし、検査受診やHPV・肝炎A/Bワクチン接種の受診率を高めるための介入も含む。 この中にHIVのPrEP(曝露前予防内服)に関する推奨も入ってる。

PrEP(曝露前予防)は、HIV感染リスクを有意に減少させることが、複数の大規模ランダム化比較試験(RCT)で確認されている。だからこのガイドラインで推奨されるのは当然。 しかしそれだけでは、現場では、PrEPは広まらず、HIV感染リスクは思うほど下がらない。そこで質的研究の出番となった。

性感染症予防では、ある介入が理論上有効でも、恥、スティグマ、不信、文化的不適合、匿名性への不安があれば利用されない。したがって、NICEは効果研究だけでなく、対象者が何を障壁と感じ、どのようなサービスなら信頼し、受け入れ、継続利用するのかを示す質的研究を必要とした。

研究の結果、PrEPに関する経験や信念が集団ごとに異なるため、否定的経験を持つ人や関与が低い人に焦点を当てる必要があるとし、同じコミュニティの人からの情報が信頼されやすいこと、ピア支援がPrEP使用の正常化、スティグマ低減、サービス不信の軽減に役立つことが分かった。

もう一度、なぜこの文脈でスノーボールサンプリングが認められるのかを考える。 性感染症はもちろん、それを防ぐ薬を飲むこと自体がスティグマとなったり差別を生んだりする。とすれば、そういう対象者に話を聞くこと自体が難しい。そしてその難しさ自体が今解決したい問題に直結している。

スノーボールサンプリングは、次の条件を満たすときに正当化される。 第一に、対象集団に通常の方法でアクセスしにくいこと。 性感染症、HIV、PrEP、性行動、移民、トランス医療、薬物使用、セックスワークなどは、スティグマや法的・社会的リスクもある。だから紹介と信頼が重要になります。

第二に、研究質問が「割合」や「因果効果」ではなく、経験・意味・障壁・受容性・語りを問うていること。 NICEの質的レビューは、まさに受容性、視点、価値観、信念、選好、経験、態度を問うものだった。

第三に、サンプリングの偏りを明示し、結論の射程を絞ること。 スノーボール標本は一般性の主張を難しいだけでなく、ネットワーク外の孤立者を見落とす可能性がある。 したがって、論文では「この経路でアクセスされた参加者の語りではこうだった」と書く必要がある。

第四に、できれば複数の seed、複数の入口、短い複数連鎖、そして最大変異サンプリングを組み合わせること。広い隠れた母集団への推論が重要な場合には、単一の長い連鎖より、複数の独立した連鎖を始めるほうがよい場合がある。

で、こちらの論文。スノーボールサンプリング、最初の参加者から次の参加者を紹介してもらう連鎖的リクルートが用いられている。 質的研究に馴染みのない方はこれだけで慄くかもしれない。 <a target="_blank" href="https://link.springer.com/article/10.1007/s11162-026-09912-7" color="blue">link.springer.com/article/10.100…</a>

では、この論文のテーマで、スノーボール・サンプリングが認められるか。 この方法は、上述したとおり、特定のネットワーク内にいる人、アクセスしにくい人、慎重に接触すべき人、少数で見つけにくい人、制度内部の情報を持つ人に到達するために用いられる。

この論文の文脈では、DAHWへの評価、ジェンダー平等政策、大学内部の採用慣行、差別経験、メリトクラシー批判はそれぞれ、かなりセンシティブである。 とくにトップ国立大学の物理・工学・数学系教員は、人数が多いわけでもなく、部局内で特定されやすく、外部研究者に本音を話しにくい。

こうした意味で、紹介を通じて「話してくれそうな、かつ制度内部を知る人」にアクセスすること、スノーボール・サンプリングを用いること自体は、質的研究として不合理ではない。 (この方法でも、相当の割合で断られたこともテーマがセンシティブなことの傍証になる)。

一方で、スノーボール・サンプリングの欠点が分かりやすく出ている研究でもある。 つまりスノーボール法を使うことは「合法」だが、スノーボール法で得た標本の性質に合わせて、結論の射程を縮めていない点は批判点である。