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イランの歴史を調べていたら日露戦争の日本勝利で改革運動がめっちゃ盛り上がっていたし、トルコの歴史を調べていても日露戦争のロシア敗北でテンション爆上げしているし、ポーランドに至っては日露戦争の最中に変なポーランド人が「義によって助太刀いたす!」と押しかけて東京が対応に苦慮してた。
変なポーランド人は東京に身一つで押しかけて
「ポーランド系ロシア兵捕虜をリクルートして義勇ポーランド軍団を造り日本軍とともに戦うぞ!!!」
と熱弁をふるい、日本人をたいへん困惑させたらしい。
穏当にポーランド人兵士向けのビラ作りとか、捕虜からの聞き取り調査とか手伝ってもらった。
「ポーランド系ロシア兵捕虜をリクルートして義勇ポーランド軍団を造り日本軍とともに戦うぞ!!!」
と熱弁をふるい、日本人をたいへん困惑させたらしい。
穏当にポーランド人兵士向けのビラ作りとか、捕虜からの聞き取り調査とか手伝ってもらった。

ちなみに、このひとの元ネタの弟さんです>変なポーランド人
兄弟そろってガチガチの活動家で日本と縁が深い。
兄弟そろってガチガチの活動家で日本と縁が深い。

面白いことに、日本とポーランドの蜜月は日露戦争から太平洋戦争まで継続していました。
何せ、ポーランドが独ソに占領された後も、東京には自由ポーランド政府の代表者がおり、在欧日本大使館が密かにポーランド人諜報機関をバックアップしていたぐらい。
何せ、ポーランドが独ソに占領された後も、東京には自由ポーランド政府の代表者がおり、在欧日本大使館が密かにポーランド人諜報機関をバックアップしていたぐらい。
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ロシア/ソ連という共通の敵を有するポーランドと日本は諜報・暗号分野において密かな協力関係にあり、またポーランド人の反独地下抵抗組織は大日本帝国にとっても貴重な「対ドイツ」諜報手段として機能したとか。
戦後ポーランド政府からその関係で勲章貰ったひとがいるあたり、ガチ
戦後ポーランド政府からその関係で勲章貰ったひとがいるあたり、ガチ

日露戦争に対するトルコの熱狂としては、当時のトルコ軍内で「セイシンリョク」なるパワーワードがどうも流行った的な話ががが
まあ、要はエランヴィタール(攻撃精神)を日本経由で取り込んだという話ですが。
まあ、要はエランヴィタール(攻撃精神)を日本経由で取り込んだという話ですが。
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間違えた「コウゲキセイシン」だった>パワーワード
とはいえ、別に根性だけで突撃しろと言っているのではなく強い軍隊を作るにはまず国民国家を確立して兵士が戦うモチベーションを高めねばダメというある意味基本的な話ではある。
とはいえ、別に根性だけで突撃しろと言っているのではなく強い軍隊を作るにはまず国民国家を確立して兵士が戦うモチベーションを高めねばダメというある意味基本的な話ではある。
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「ポーランドは未だ滅びず
我らが生きるかぎり
外敵が力で奪いさりしは
剣をもて奪いかえさん」
国歌からして「何度滅ぼされても、絶対また独立したる!!!」という気概に満ちていて好き>ポーランド
我らが生きるかぎり
外敵が力で奪いさりしは
剣をもて奪いかえさん」
国歌からして「何度滅ぼされても、絶対また独立したる!!!」という気概に満ちていて好き>ポーランド
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面白いところでは、日露戦争は「専制帝国に対する立憲国家の勝利」とも認識されていたらしく、ガージャール朝イランとかでは
「日本に倣って近代的な憲法を制定し議会政治をしよう!」
という機運も盛り上がりました。
当時のロマノフ帝国の有り様をみれば、さもありなん。
「日本に倣って近代的な憲法を制定し議会政治をしよう!」
という機運も盛り上がりました。
当時のロマノフ帝国の有り様をみれば、さもありなん。
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