
日居月諸 (@muselmann1942)
杉原千畝はユダヤ人を救った功績をもって、イスラエルから「諸国民の中の正義の人」と認定されている。この認定審査は2回行われた。一度審査に落ちた杉原が、なぜ二度目に認定されたのか。どうやら、レバノン侵攻で国際的評価を落としたイスラエルが日本との関係を改善するために杉原を利用したようだ <a target="_blank" href="https://twitter.com/yahoonewstopics/status/2038383966609363170" color="blue">x.com/yahoonewstopic…</a>...
ジャック・ランシエールなら「バカが選挙に参入する」ことを民主主義最大の長所というだろう。彼によるとデモスとは「計算外の人、話す存在だと計算されていないのに話す人のこと」を指す。デモクラティアとは、統治者から価値がないとみなされた人々が「分け前」を要求する政治システムである。 <a target="_blank" href="https://twitter.com/UeharaKiyoshi/status/2016086828835803410" color="blue">x.com/UeharaKiyoshi/…</a>...
念のため注釈しておくが、ジル・ドゥルーズは「ヤーセル・アラファートの偉大さ」などを書くくらいの親パレスチナだった。そして、ドゥルーズを親パレスチナにしたのは他でもないフェリックス・ガタリだった。彼らの理論をイスラエル国防軍が軍事作戦に応用したのは、横領に他ならない。 <a target="_blank" href="https://twitter.com/lspandc/status/1986327870323716140" color="blue">x.com/lspandc/status…</a>...
ハイデガーとレヴィナスに教えを受けたアガンベンは、両者の間の「できるが、しないこともできる」というポジションをとっている。ハイデガーを範にとるとファナティックになる惧れがあるが、レヴィナスを範にとっても何もできない(その証拠に彼はイスラエルの国家暴力に対して追従するしかなかった) <a target="_blank" href="https://twitter.com/sssugita/status/1974793400781291703" color="blue">x.com/sssugita/statu…</a>...
これだけを読むとアーレントが意見の複数性を重視した、他者の意見に耳を傾ける思想家のように見える。が、彼女はリトルロック事件に際して真逆の態度をとった。彼女は黒人達の平等への要求を、「社会的」な地位を向上することだけを目的としている物だとみなし、「政治的」な意見だとはみなさなかった <a target="_blank" href="https://twitter.com/akiohoshi/status/1936292619308659024" color="blue">x.com/akiohoshi/stat…</a>...
吉見俊哉『博覧会の政治学』を読んだ。万博博覧会がいかに植民地主義と縁が深いものであるか、博覧会において人々のまなざしはどう機能しているか、などを研究した意義深い本だが、特に第6章の70年大阪万博の分析を興味深く読んだ。70年万博はそこに内包された政治性を臭わせない「お祭り」だった。 ...
アーレントの著作全体がそもそも間違いだらけの代物である。「暴力について」だってそうだ。彼女はフランツ・ファノンを批判しているが、まるっきり論敵を誤読している。ある箇所では「『尊厳ある空腹は奴隷が食べるパンにまさる』というようなファノンの大げさな最悪のレトリック」と書かれている。 <a target="_blank" href="https://twitter.com/tanosensei/status/1908811692798271507" color="blue">x.com/tanosensei/sta…</a>...
ジル・ドゥルーズは、人が文章を書くとき、自身が知っていることと、自身がまだ知らないことを交わらせながら書く、といった趣旨のことを述べている。人は文章を書くことで、知らなかったことを知ると同時に、知っているはずだったことが実はわかっていなかった、といった不思議な経験をする。...